2012年03月25日

動画の感想を書くということ

かつてある人が、パクりの道は修羅の道だと言っていましたが、動画について何かを書くという事もやはり、修羅の道だと思うのです。

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このブログの過去ログを見れば一目瞭然ですが、いっとき動画の感想文を書いていた時期がありました。

動画を作っていると面白さやネタの基準がどうしても「自分基準」になってしまうので、作る側としては見る側の反応がとにかく重要です。それがないと、(少なくとも私の場合は)どんどん自分の基準で突っ走っていって暴走してしまいます。

見る側の反応を伝える手段としてコメントというものはありますが、1行だけの誤解を招きやすいコメントよりは、文章によるまとまった反応のほうが作る側にとっては(たとえ批判的であっても)ありがたかったりします。

あと、当時はニコ鉄という集団自体に限界を感じていたのも手伝って、「もう嫌われてもいいやー」というぐらいの気持ちで、色々好き勝手に書いたりしていました。

でもまあ、感想を書き始めた動機が動機ですから、批判的な内容が多々混じってくるわけです。
そして、動画うp主の皆が皆、批判的な反応を求めているわけではありません。
それだけだったら予想の範囲内だったのですが、実際は作る側だけではなく、見る側から結構恨まれました。人間、好きな作品をけなされていい気はしませんよね。考えてみれば当然の結果です。
たぶん、今でも何人か(もしくはもっと大勢)の人からは恨まれているのでしょう。

でも、批判的な事を書くってこういう事だと思うんです。
恨まれる覚悟をする。それが「書いたことの責任を取る」という事だと思っています。

人に物事を100%正しく伝えるのはとても難しいことで、特に批判を100%正しく伝えるのは(よほどドギツイ文章を書かない限り)不可能に近いと思っています。人間には感情がありますから、絶対に曲解する人はいます。私みたいに文章が下手なら尚更です。

だから感想を書くときは、石を投げられるぐらいの覚悟がないと往々にして不幸な結果を招いてしまいます。
それも単に石を投げられるのではなくて、「石かもしれないモノ」を投げられたり、さりげなく石が飛んできたりします。

もし、今後何らかの形で、何かを批判したり、disったりしようとする人がいるとしたら‥‥その時は「覚悟」をしてから書くようにすれば、少しは幸せになれるんじゃないかなぁと、実際に恨まれた人間が遠い目で語って、この記事を締めたいと思います。
posted by T2 at 19:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
批判したいなら「感想です」なんて逃げ道作らず堂々批判すればいいじゃない。
たいそうな思想ブチまけておいて好き嫌いで言及されたらそりゃあ石投げるw輩もいるじゃないかな。
恨まれるとか覚悟とか責任とか事を大きくしてるのは結局あなた自身が自分の正義を批判されることを嫌がってるからだと思うの。
Posted by とあるニコ鉄ファンのピヨり言 at 2012年03月26日 01:11
>とあるニコ鉄ファンのピヨり言 さん
ご意見ありがとうございます。
まず誤解を解いておきますと、昔から批判コメは大歓迎ですし、逃げ道を作る必要もありませんので、そういう意図で感想を名乗ってるわけではないです。

批判以外の事も書いているので大雑把に感想と銘打っていますが、他に適切な言葉も浮かばないので、今後も感想という事にしておくつもりです。

どこまでオブラートに包むのが適切なのか、どこまで自分の考えが正しいのか等々未だ模索中ですが、その辺りは精進しつつ、マイナーなひとつの考えを綴っていきたいところです。
Posted by T2 at 2012年03月27日 00:00
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